TOP対談

TOP対談 株式会社絶好調 代表取締役 吉田 将紀 氏

弊社社長が飲食店経営者に直接インタビュー。
第6回目は、株式会社絶好調 代表取締役 吉田 将紀 氏にお話を伺いました。

--最初、体育教師になるという夢を抱いていたと聞きましたが飲食業界へと変更されました。きっかけはなんだったのでしょう。
 
(吉田氏)大学時代に鮨屋でアルバイトしたときの体験が大きかったですね。街のお鮨屋さんっていう感じだったのですが、店主と自分との関わりが、仕事を通じて教育に似たものがあると感じました。体育教師を目指していた自分にとって、学校だとその方法に色々な縛りがあるなか、飲食は制約もなく、仕事が終わった後飲みに行って色々話したりして。仕事を通じて人の成長や幸せに関われるほうが良いなと思ったのが飲食に進んだきっかけです。決断すると早いので、飲食の道と決めてからは教育実習にすら行きませんでした。
 
--卒業してから独立までの経緯は。
 
(吉田氏) 20歳のときには、将来「自分の店をもつ」と決意を紙に書いて部屋に貼っていました。独立に関する色々なことが学べると思い、勉強のため多業態展開している株式会社ダイナックに入社しました。ですので入社面接でも、将来開業したいので数年御社で学びたいと言いました。今考えるとよくそんなやつを雇ったと思いますよね。5年弱在籍した中で、当時、同期
にも同じような志の人はたくさんいましたが、行動が伴っていない者が多かったのも事実です。最初はみんな夢を語っていましたが、数か月後の同期会で会うと愚痴ばかりになっていたり。それもあり、ここに長くいてはいけないなと思いました。
ダイナックでは、ダイニングバーに配属され、接客サービスなど主にホールを担当していました。早い段階から店長業務をやらせてほしいと主張し、率先して店長業務を教えてもらっていました。また、独立するには調理師免許も必要だと考えていましたから、キッチンに入らせてもらい仕込みを手伝うなどして、資格に必要な条件をクリアするようにしていました。開業に向けて必要になることを先回りして揃えていった感じです。
--早く一人立ちしたいという気持ちが伝わってくる行動ですね。時期については具体的になっていきましたか。 
 
(吉田氏) 30歳になる前には独立したいと決めていました。ダイナックの後は株式会社てっぺんの創業から携わることになります。1店舗目は自由が丘だったのですが、今まで大手で店長をやってきた経験は、管理力は養えても現場力は身に付かないんですよ。仕入れやレシピの再現など、大手と個店との違いを知って物凄く勉強になったのを覚えています。その後、オープンして半年後店長になるのですが、責任感が評価されての抜擢で、実力が伴っていない分、チームがぜんぜん作れないなど苦労しました。周りから不満があがってきても、自分としては150%の力でやっていたので言い返すこともできなくて。そんな状況を知った大嶋社長が「お前が店長であることは間違っていないし、絶対にできる」と声をかけてきてくれたんです。それまでの色んなことが重なって、涙が止まらなかったですね。その経験は今の会社のスタンスにも活かされています。「だめでも可能性を信じてくれる人がいれば這い上がれる。そういう人が一人でもいればがんばれる」んだと。
 
--ダイナック、てっぺんと経ていよいよ独立となるのですね。 
 
(吉田氏)そうですね、当初の予定より1年遅れて31歳になりましたが。もともと独立したいことは大嶋には伝えていたので、30歳で時期が来たことを伝えたのですが、その頃てっぺんは3店舗出店済みで今後も出していくという上昇期で。「今独立しても勿論うまくいくと思うが、会社の上り調子を経験してからのほうが今後の伸び代がぜんぜん違う」と大嶋社長にいわれたんです。実際そうしてみて得られたものは多かったので、引き止め経験させていただいたことに感謝しています。
 
--「炉端焼き絶好調てっぺん」としてスタートを切るわけですが、絶好調は社名で「てっぺん」は屋号を借りたという形ですか。
 
(吉田氏)はい。当時、会社は先に作ってあって、屋号をどうしようかと悩んでいたのですが、大嶋社長から「創業メンバーだし、てっぺんは俺以上に吉田が現場で作ってきたものだから、屋号を背負ってもらえたら嬉しい」といっていただいたので、その場で「炉端焼き絶好調てっぺん」にしようと即決でした。
「てっぺん」という屋号の由来も、大嶋社長は早くにお父様を亡くしていて、天国にいる父親に自分のがんばっている姿をいちばん近くで見てほしいという想いがあって付けたと知って。そう聞いたらもうやるしかないですよね。 
--その後は多業種で出店されていますが、立地や業態などコンセプトや戦略はあったのですか。
 
(吉田氏)絶好調てっぺんは屋号の認知度もあってたくさんのお客様に来ていただきましたが、てっぺんの新店舗なのかと勘違いされていたんです。最初の頃は、そうではない、独立して出したんだと、自分の店として認められたいという想いから説明していたのですが、あるときそんな反骨心が「おかげさまで」という感謝の気持ちに変わったんです。それから、2号店以降は自分たちオリジナルの業態と屋号でやってみることにしました。
私たちは新宿にドミナント展開していますが、新宿は繁華街ですし、飲食店の利用目的が誕生日やライフイベントといった非日常使いの方が多かった。従って私たちが得意な活気ある接客やエンターテイメント性に需要があると見たのですが、結果的に当たりましたね。ただ、それぞれの店が近いので、似たような業態展開は避けています。
 
--昨年から続くコロナ禍。企業ごとに様々な取り組みがあるなかで、御社の特長に研修があげられると思いますが、どのように活かしているのでしょうか。
 
(吉田氏)この自粛期間中にどれだけ力を蓄えられるかが、今後のカギとなると思っています。前回の時は洋食・和食の2チームに分かれてほぼ毎日、何かしら研修を行っていました。誰が講師を担当するかは無茶振りですね。教える側が一番学びになりますし、それが人を成長させますので。今回も研修は強化しようと思っています。題材は多岐にわたってありますが、「知識・技術・理念」を基本の柱として、講師には内容を組み立ててもらいます。コロナは経営の本質を教えてくれましたね。無駄なものが削ぎ落とされ、何をすべきなのか問われる。客層にも変化が見えてきたので、提供商品や値付けにも微調整が必要になってきた。顧客ターゲットにあわせて非アルコール業態での出店やエリアの精査も考えられます。自分たちに何が向いているのか、改めて考えさせられましたね。
 
--コロナによって目指す方向が研ぎ澄まされてきたという感じでしょうか。最近では仙台の老舗店を引き継いだことも話題になりましたが、今後の構想はどうお考えですか。
 
(吉田氏)仙台については、第二の拠点となるよう更なる出店をしたいですね。「郷土酒亭 元祖 炉ばた」の事業継承をしましたが、お話があったとき自分が試されていると感じました。考えさせてほしいと話を持ち帰ることもできましたが、それは潔くないと思ったし、やると決めて、その後できる方法を考えたほうが自分らしいと思ったんです。何よりお店のお父さん、お母さんが継いできた想いを考えると答えは出ているも同然でした。このお店がなかったら自分たちは炉ばた焼きのお店をやっていなかったですから。やらない理由はなかったですね。
そして、飲食以外の事業にも挑戦していきたいです。既に介護や保育といった分野を手がけていますが、飲食という異業種間で良いシナジーが生まれた経験があるので、それを今の時代にあったスタイルで実現したいですね。私たちの強みは人間力なので、地域密着型は相性がいいと考えています。
 
--社員とは家族のような関わりを持った組織にしたいとしておられますが、絶好調で働くことによってどんなことを感じ取ってほしいと思いますか。
 
(吉田氏)飲食業界のことに関わらず、ひとりひとり自分の志を持ってほしいと願っています。
夢や目標は既に持っている人がほとんどですが、それは生きているうちに叶えたいと思うもので、志は、自分がいなくなった後でも、誰かがその想いを継いで成し遂げてほしいものだと思うんです。私が社の理念としている「夢とありがとうがあふれる社会を実現する」には終わりがありませんが、逆にそれがいいのではないかと思っています。


社員を家族のように思い接する会社を目指す絶好調さんは、柴田屋にも共通する点が多くあるなと感じる時間になりました。吉田社長ありがとうございました!
株式会社絶好調HP:https://www.z-no1.jp/
 
■原始焼 火鉢
所在地:東京都新宿区西新宿7-9-13 石川ビル 2F
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営業時間: 11:00~14:00、17:00~20:00
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